川端康成「みずうみ」

みずうみ (新潮文庫)

みずうみ (新潮文庫)

女の後をつける癖のある元教師の男が主人公。プロットらしいプロットもない。描写はふっと過去の記憶に流れたり、前触れなく他者の視点に切り替わったりと、水のように捉えどころがない。
タイトルの「みずうみ」は主人公の子供時代に関わりのある場所で、たびたびそれが出てくるのは深層心理的・トラウマ的なものを表しているのだと思う。


何か出来事が起こったり解決したりというような一般的な物語の論理ではなく、夢の世界の論理で紡がれたような小説だと思った。漱石の「夢十夜」や、内田百けんの「冥途」と同じ分類をしてよいだろうか。
他人の後をつけるという偏執的な行為を描いていながら、このたゆたうような描写は一種の幻想的な感覚を呼び起こす。なんのために、どこに向かって歩いているのかわからない。歩いているのか、泳いでいるのかわからない。小説ではなく散文詩のように、そのなかに没入してみてもいいかもしれない。


この「意識の流れ」という手法は「水晶幻想」でも使われたということなので、そのうちそちらも読んでみたいと思う。

水晶幻想/禽獣 (講談社文芸文庫)

水晶幻想/禽獣 (講談社文芸文庫)